中東

パレスチナ自治区で3泊4日の民泊(後編)ヘブロン滞在【ゴーストタウンと化した街】

パレスチナ自治区で3泊4日の民泊(後編)ヘブロン滞在【ゴーストタウンと化した街】
ぴっぴ

こんにちは、世界一周経験のあるぴっぴです。

ポン

相方のポンだよ。



今回は、『パレスチナ自治区体験記』の後編(ヘブロン編)です。

2016年にパレスチナ自治区にて3泊4日の民泊(Airbnb)をしたときの体験記をお伝えしています。

前編がまだの方は下記↓の記事からどうぞ。



かつての街の中心部がイスラエル軍によって封鎖され、ゴーストタウン化してしまった街、ヘブロン

私はこのヘブロンの街で出会ったひとりのパレスチナ人男性とともに、ゴーストタウンを回りました。

そしてそこで、様々なショッキングな光景を目の当たりにすることになります。

ポン

えっ…
一体どんな場所なんだろう。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン


パレスチナ自治区滞在記(後編)では、下記内容についてお伝えします。

  1. ゴーストタウン内部の様子
  2. 暴力を受けたパレスチナ人男性との出会い
  3. 実際に目にしたイスラエル兵による嫌がらせ
  4. ユダヤ人入植者の青年たちから受けた親切
  5. お世話になったパレスチナ人兄弟との別れ
  6. 2020年現在のパレスチナの状況


胸が締め付けられるような苦しい気持ち、涙がでるほどの温かい気持ちにもなった、パレスチナ滞在。

当時のパレスチナの厳しい状況は、残念ながら2020年現在も続いています。

私が短期滞在で見聞きしたことはごく僅かですが、ひとりでも多くの方にパレスチナに興味を持ってもらえればと思い、この記事を書いています。

「イスラエル・パレスチナ問題」はとてもデリケートな問題で、安易に私個人の考えを語れるものではないと思っています。

できるだけ事実と実体験をベースに書いたつもりではありますが、もしも不快にさせる文章がありましたら申し訳ございません。

※一部傷口などの写真がありますので、苦手な方はご注意ください。


「イスラエル編」がまだの方は、ぜひこちらの記事も合わせてお読みください。

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分断された街「ヘブロン」

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ベツレヘムからヘブロンへ移動

パレスチナ滞在3日目の朝

この日は日帰りでヘブロンという街に行くことにしました。

ステイ先でお世話になっているパレスチナ人兄弟、アサドとルスランの職場と学校はヘブロンにあるため、2人と一緒にバスで移動します。

ベツレヘムからヘブロンまではおよそ30分で到着。

2人が行きつけのパン屋さんで、朝食をとることになりました。

ポン

うわぁ、美味しそうなパンがいっぱい…

ぴっぴ

どれも美味しそうで、調子に乗っていっぱい取りすぎたよ。

ドーナツだけ食べて、残りは明日の朝食にまわすことにしました(笑)。

兄弟とワイワイしながらの、楽しい朝活です。

朝食を食べ終わったら、学校の授業と仕事がある2人とはいったんお別れ。

ひとりでヘブロンの街を散策することにしました。

ムスリムの街「ヘブロン」

ヘブロンの街を歩くと、多くの人が行き交っています。

ヒジャブを頭に巻いた女性をたくさん見かけました。

ポン

ムスリム色が強い場所なんだね。


ヘブロンの人口は約21万人

パレスチナ南部に位置し、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地「アブラハムの墓」があることでも有名です。

ぴっぴ

エルサレム同様、三宗教の聖地であるために古くから紛争が絶えない場所でもあります。



アサドが世界で一番好きな場所はヘブロンなんだそう。

「ヘブロンの人は本当に優しいんだ」と話してくれました。

活気づいたマーケットをしばらく歩くと、だんだんと人の姿がまばらになってきました。

その先にあるのは「ゴーストタウン」

ポン

ゴーストタウン!?


ヘブロンは、街の一部がイスラエルに占領され分断されてしまった街なのです。

第三次中東戦争時にイスラエルに占領され、1997年のヘブロン合意に至るまでずっと、イスラエルの支配下にありました。

占拠されたエリアに暮らしていたアラブ人は強制的に追い出され、その区画はゴーストタウンと化してしまいました。

ぴっぴ

ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区は、エリアA、B、Cと3つのエリアに分けられています。

  1. エリアA
    ➡行政権・警察権ともにパレスチナ自治政府が実権を持っている
  2. エリアB
    ➡行政権はパレスチナ自治政府が、警察権はイスラエル軍が持っている
  3. エリアC
    ➡行政権・警察権ともにイスラエル軍が持っている

出典:https://sites.google.com/site/deliciousolivetrees2/a-b-c


パレスチナが実権を握るエリアA(赤色)は全体の18%で、上記の地図のとおり7都市のみ

行政権はパレスチナ自治政府、警察権はイスラエル軍にあるエリアB(灰色)は全体の21%

そしてイスラエル軍は行政権など全てを握るエリアC(緑色)は全体の61%です。

ぴっぴ

パレスチナ自治区の大部分はイスラエルによって実効支配されているんだね。


ヘブロンはエリアAで、完全な自治権があるはずの場所。

ところがなんと、そこからさらに「H1」と「H2」という2つの地区に分割されている特殊な街なのです。

出典:https://www.oocities.org/capitolhill/lobby/8670/hebronmap.html
  1. H1(全体の80%)
    ➡パレスチナに自治権がある
  2. H2全体の20%)
    ➡イスラエルが支配
ぴっぴ

H2エリアにはイスラエル軍が常駐しています。


大きな問題は、旧市街を含むヘブロンの中心部がH2になっていることです。

メインストリートもイスラエルに占拠されていて、パレスチナ人は自由に行き来することができません。

ポン

パレスチナ自治権を与えられているAエリアなはずなのに、中心部はイスラエルに支配されているってことか…。

ぴっぴ

それでは実際に、ゴーストタウンの中に入っていきます。

ゴーストタウンを散策

指を負傷したガイド、「タラール」との出会い

ゴーストタウンに入る手前のストリートで、ひとりのパレスチナ人男性が話しかけてきました。

俺はヘブロンのガイドをしているんだ。
良かったらゴーストタウンを案内させてくれないか。


私は1人で散策するつもりだったし、彼に対して警戒心があったので、最初は断りました。

でもしばらく会話をしていると、その雰囲気から何となく「彼なら任せてもいいかな」と感じ、ガイドを頼むことにしたんです。

ヘブロンのガイド、タラールです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

タラールはもともと反イスラエル活動を積極的に進めていて、イスラエルから目を付けられていたそう。

そんな彼を2か月前に悲劇が襲います。

ノルウェー人観光客にガイドをしていたところ、若いイスラエル兵に突然指を鈍器で叩かれ重傷を負ったのだそうです。

確かに、とても痛々しい傷が…。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

このような鈍器で殴られたそうです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

彼は指のけがが原因で2か月間無職で、完治までにあと3か月間は要するとのこと。

仕事を失ってしまったため、現在はガイドをして収入を得ているのだそうです。

パレスチナ人には厳しいチェックポイント

いざ、タラールとともにゴーストタウンに入ります。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

ゴーストタウンに入るには、イスラエル軍のチェックポイントを通過しなければいけません。

ぴっぴ

パレスチナ人は毎回身分証を提示してチェックを受けます。



ここがチェックポイントです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

イスラエル軍が支配しているH2エリアには、20か所以上のチェックポイントがあります。

タラールがイスラエル兵にIDカードを見せて交渉していますが、やけに時間がかかっています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

観光客である私は基本問題ありません。

しかしパレスチナ人であれば、気まぐれで嫌がらせされたり数時間待たされることもざらにあるそうです。

ポン

元々パレスチナ人が住んでいたはずの場所なのに…



ゴーストタウンに入ると、雰囲気が全く変わります。

不気味なほど静まり返ったメインストリート

通りに面した建物の扉は、イスラエルにより溶接されて閉じられています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

2001年に、突如ヘブロンへイスラエル軍やユダヤ人入植者がやってきました。

もともと住んでいた1万人以上のパレスチナ人は強制的に追い出され、荒廃した街にはユダヤ人居住区が作られました。

街のいたるところでイスラエル兵がウロウロし、監視の目を光らせています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

あちこちにバリケードがなされ、パレスチナ人の行動の自由を阻んでいます。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

どこもかしこも。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

タラールの友達だというお土産屋さんのおっちゃんに、コーヒーをご馳走になりました。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

おっちゃんは写真が恥ずかしいのか、頑なに目線外しを貫いていました(笑)。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

おっちゃんが心配そうな顔で、タラールに「指の調子はどうだ?」と尋ねました。

タラールがアラビア語で返事をすると、おっちゃんはより一層顔をしかめていました。

かつて栄えた市場のシャッターは閉まったまま

スーク(市場)の中に入ります。

そこはかつての活気があった面影はなく、建物は廃墟と化しています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

イスラエルに占拠されたあとも住み続けているパレスチナ人はいます。

頑張って営業を続けている店もあるけれど、ほとんど閉鎖して通りはがらんとしています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

スークの屋上には、イスラエルの監視小屋がいくつも設置されています。

銃を持ったイスラエル兵が、上からスークを監視しているのです。

上を見上げるとイスラエル兵がじっとこちらを見ていてしていて、ギョッとしてしまいました。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

スークの2階や3階にはユダヤ人入植者が住みついているのだそう。

天井に張られたネットは、ユダヤ人が嫌がらせでパレスチナ人めがけて投げてくるごみや卵の落下を防止するためのものです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

持ち主が去って置いてけぼりにされた車。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

パレスチナ人がメインストリートに車を乗り入れることはできません。



“Fight Ghost Town, This is Palestine”

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

誰が書いたんだろう?
旅行者かな?

実際に目の当たりにしたイスラエル兵の嫌がらせ

ゴーストタウンを歩いていると、突然目の前でパレスチナ人男性がイスラエル兵たちに取り押さえられました。

え!一体なにごと?

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

「タラール、一体何が起こっているの?」

“兵士たちは、彼(パレスチナ人)がイスラエル兵と同じカーキ色のジャケットを着ているのが気に食わなかったんだよ”



「は?意味が分からないんだけど。彼の何が悪いっていうの?」

“俺にだって分からないよ。彼らはクレイジーなんだ”


「そんな…」



幼い子供たちの前で、イスラエル兵がパレスチナ人男性のジャケットを取り上げています。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

そしてその横を、平然と行き交う人たち。

そうか。
私にとっては目を疑う異常な光景だけど、ここでは日常なんだ。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

18歳~20歳の若い兵士たちに、果たして善悪の判断ができるのか。

目の前の出来事については正当な理由が分からず、単なる嫌がらせのように見えてしまいました。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

2004年と少し古い情報にはなりますが、ヘブロンに常駐していたイスラエル兵たちの戸惑いと葛藤について触れられた記事があったので、一部紹介します。

【一部抜粋】
元兵士の若者が、英語で写真の説明をしてくれました。

■18歳で、いきなり今まで教わってきた善悪と違う善悪をしめされ、混乱したこと。
■ヘブロンに住むパレスチナ人に嫌がらせをする入植者(こどもを含む)に混乱したこと。
■それでも、自分たちは「テロリスト」捜索に忙しいので、パレスチナ人に嫌がらせをする入植者に対してどうすることもできないこと。

引用元:沈黙を破った兵士たちの写真展

タラールとコーヒーを飲みながら語った

タラールが言いました。

ここで俺のガイドは終わりだ。
あとは自由に見て回ってくればいいよ。


彼はここまで丁寧にいろんな説明をしてくれて、とても誠実で優しい人でした。


「もっとあなたの話を聞きたいの。カフェでお茶をしない?」

もちろんいいとも。



そこからタラール行きつけのカフェに行き、色んな話を聞きました。

39歳の彼には奥さんと幼い子供が2人います。

だけど今は収入がほとんど無く、「今月の水道代と電気代はたぶん払えない」とのこと。

もし払えなければ、イスラエルがライフラインを止めてしまうのだそうです。

ぴっぴ

彼の置かれている今の状況はとても過酷で、話を聞いていて涙が出そうになりました。



しかし私には、彼にガイド料を払ってコーヒーを1杯ご馳走することしか出来ませんでした。


イスラエルは不法にパレスチナの水を奪いコントロールしており、パレスチナは高値で水を買いとっています。

イスラエル側がパレスチナに水を売り渡さないこともあるのだそう。

一方でユダヤ人入植者は水道・ガス・電気など制限なく使用することができます。

実はタラールは面白い経歴の持ち主で、ウクライナに6年間住んで機械工学を学んだり、横浜に2か月間短期の仕事で来日したりしていたそうです。

タラールは言いました。

日本で働いていた時、日本人はとてもよくしてくれた。
日本が大好きなんだ。

彼は英語もロシア語も堪能で、世界情勢のこともよく知っています。

私は彼がとても優秀で善良な人だと思いました。

日本のみんなにもタラールの思いを届けなければと、話を聞きながら一生懸命ノートにメモをしました。

私自身のことも少し話したあとで、タラールとお別れをしました。

ぴっぴ

彼と出会えて本当に良かった。
ありがとう。

パレスチナ人が歩くと銃で撃たれるシュハダー・ストリート

タラルに別れを告げたあと、メインストリートのシュハダー・ストリートをひとりで歩きました。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン 

ここではパレスチナ人は歩くことさえ禁じられています。

もしパレスチナ人がバリケードを超えてこのエリアに足を踏み入れたら、無条件で撃たれるのだそうです。

ポン

そ、そんな…

ぴっぴ

パレスチナ人たちは迂回路を使って遠回りしないといけません。


イスラエルが管理するH2エリアには、およそ2万人のパレスチナ人が住んでいます。

またH2エリアに住むユダヤ人入植者はおよそ500人。

ユダヤ人入植者を守るために、約2,000人のイスラエル兵が駐屯しているのだそうです。

ゴーストタウンのあちこちで見かけるイスラエルの国旗

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

誰が書いたのでしょうか。

ヘブロンの街の風景を描いた壁画がたくさんあります。

ゴーストタウンに設置された自動販売機は、ユダヤ人入植者やイスラエル兵士たちのためのものです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

荒廃していくヘブロンの街。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン

どこもかしこもイスラエルのマーク。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン
ポン

複雑な気持ちになるね…。


私がヘブロンを旅したのは2016年ですが、ぜひ2020年の春にアップされた2人のYouTuberの動画をご覧いただきたいです。

  1. ジョーブログ (2020年2月公開)
    ➡「テロリストと呼ばれたパレスチナ人からの日本人への悲痛の叫び!」
  2. 森翔吾さん (2020年3月公開)
    ➡「パレスチナで受けた人種差別、乗車拒否、ぼったくり」


このお2人の動画を見ていただくと、リアルなヘブロンのゴーストタウンの雰囲気が分かるのはもちろんのこと、パレスチナを全く違った角度からみることができます。

そして、どちらの動画にも私がお世話になったタラールが登場します。

ポン

え!タラールが?


ジョーブログさんの動画については、私が見たパレスチナの風景そのままでした。

しかし森翔吾さんの動画はパレスチナの違う一面が移っており、正直困惑しました。

タラールも別人のように見えてしまいました。

ぴっぴ

色んな角度からパレスチナを知ることが大事だと思ったので、あえて両動画を紹介させてもらいました。

ポン

確かに、この2つの動画のパレスチナの印象はまったく違って見えるね…。

ユダヤ人入植者の青年たちとの出会い

ユダヤ人入植者の家でトイレを借りる

ゴーストタウン散策中に、どうにもこうにもトイレに行きたくなってしまった私。

ゴーストタウンの住民に「すみません、トイレお借りしてもいいですか?」と尋ねると、快く家に招きいれてくれました。

どうやらここはユダヤ人入植者の家のようです。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン ユダヤ人入植者の家

彼らはこんなゴーストタウンの中で暮らしていて、一体どんな気持ちなんだろう?

居心地悪くないのかな?

ユダヤ人のお兄さんが、「母親の手作りケーキなんだ」と言って、お茶と一緒にご馳走してくれました。

パレスチナ自治区 ヘブロンのゴーストタウン ユダヤ人入植者の家
ぴっぴ

ブラウニー美味しい~!
ありがとう。



その家に集っていた若者たちの話の輪に、少しだけ参加させてもらいました。

はっきり言ってユダヤ人入植者に対するイメージは悪かったけど、実際に彼らと話してみるとすごく親切で優しかった。

世界一周していることを伝えると、「俺たちも兵役を終えてから、世界各国色々と回ったよ」と話してくれました。

ぴっぴ

私がこれから行く予定だった「インド」について色んなアドバイスをしてくれました。

パレスチナ人が追い出されたゴーストタウンに住むことを選んだユダヤ人入植者たち。

なぜその選択をしたのか理由を聞きたかったけど、「初対面でそこまで踏み込むのは失礼かな」と思いやめておきました。

ひとりひとりは皆良い人ばかりなのに…なぜ?

ユダヤ人入植者たちとお別れをしたあとも、ずっとモヤモヤしていました。

ぴっぴ

イスラエル人もパレスチナ人も、ひとりひとりと話せばみんな凄く親切で優しいのです。



テルアビブやエルサレムで出会ったユダヤ人も、パレスチナでお世話になったアラブ人も、本当に良い人ばかり

それなのに、どうしてこんな醜い争いになってしまうのか…

とても複雑な気持ちでした。

聖地「アブラハムモスク」へ行く

ゴーストタウンで出会ったオランダ人男性のディビットと一緒に、3宗教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の聖地「アブラハムモスク」に行くことになりました。

アブラハムは3宗教の始祖

イスラエルがヘブロンの地を奪おうとする理由のひとつが、ヘブロン旧市街にある「アブラハムモスク」の存在です。

アブラハムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の始祖

アブラハムモスクには、彼とその家族の墓があるのです。

イスラエルが渇望しているユダヤ教の聖地を取り戻そうと、ユダヤ人たちは力づくでパレスチナ人を排除しているというわけです。

アブラハムモスク

1967年の第三次中東戦争後以来、モスクの一部が分割されイスラエルに占領された状態となっています。

さらにその後、1994年に事件が起きました。

マクペラの洞窟虐殺事件

入植地に住む極右ユダヤ人が銃を乱射し、礼拝中だったパレスチナ人29人が死亡、125名が負傷した。


この事件をきっかけにアブラハムの墓は分断されました。

現在は「パレスチナ人用」「ユダヤ人用」と入り口が分けられ、内部もそれぞれ専用の礼拝所が設けられています。

アブラハムモスクの中へ

女性の場合は、入り口でローブを借りて入場する必要があります。

内部は幾何学模様が描かれていたり、あまり今までに見たことがない独特な空間でとても綺麗でした。

アブラハムモスク

空が綺麗です。

日が暮れてきたから、そろそろ帰らないと。

タラール、ヘブロン市民の皆さん、どうかご無事で。

1日も早く彼らが平穏な生活を取り戻せますように…。




帰り道にこんな看板を発見しました(笑)。

パレスチナ人兄弟との別れ

クリスマスフェスティバルで別れの挨拶

ベツレヘムに戻ると、広場でクリスマスフェスティバルが開催されていました。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

ベツレヘムには穏やかな日常があって、なんだかホッとします。

クリスマスの装飾がいっぱいで、とても綺麗。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

あら、トウモロコシが美味しそう。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

割といいお値段だったけど、どうしても食べたくて1本買いました。

味は至って普通(笑)。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

ステージでは歌や踊りなどのパフォーマンスがあり、多くの見物客でとても賑わっています。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

明日の朝パレスチナを去るので、お世話になったアサドに一言お別れの挨拶がしたかった。

アサドも私を探し回ってくれていたようで、無事に広場で彼と会えました。

アサド、本当にありがとう。

出会えて良かった。



私は心身疲れ切っていて、アサドと別れの挨拶をしたあとはすぐに家に戻りました。

家から見た花火がとっても綺麗…

パレスチナ自治区 ベツレヘム

打ち上がる花火を見ながら、今日ヘブロンで見聞きしたことを思い出していると、自然と涙が流れました。

出発の朝に泣いた訳

パレスチナ出発の朝。

パレスチナ自治区 ベツレヘム

「ルルルルルル」

ヘブロンにいるはずのルスランから、なぜか着信が。

ぴっぴ

え!なにごと!?



と同時に「ピンポーン」と家の呼び鈴が鳴りました。

ドアを開けたらなんとルスラン

やっほー!
ぴっぴにお別れの挨拶をするために帰ってきたよ!



なんと彼は私に別れの挨拶をするために、わざわざヘブロンからベツレヘムの自宅まで戻ってきていたのです。

しかも高校の授業をサボって(笑)。

ぴっぴ

びっくりなサプライズに嬉しくて思わず号泣でした。

18歳のルスランは、純粋で優しく弟みたいな存在でした。

アジア文化が大好きで、日本のこともよく知っていて驚きました。

彼にはオンライン上で知り合ったというタイ人の彼女がいて、2年間遠距離恋愛中なんだって。

当時私の彼氏(今の夫)もタイにいたので、「タイ繋がり」の恋バナが盛り上がったことを覚えています。

ポン

ぴっぴ、本当にパレスチナで素敵な友達ができたね。



彼が私の重い荷物をバス停まで運んでくれました。

「荷物重いでしょう!大丈夫?」と聞くと、「最近鍛えたんだよ」と自慢の筋肉を披露してくれました。

ルスラン、本当にありがとう

最後の最後まで、私にとってのパレスチナはあたたかい場所でした。

帰りのバスではチェックポイントがあり、乗客は皆イスラエル兵の女の子にパスポートをチェックされました。

あぁ、愛しきパレスチナ

1日でも早く、彼らの街に穏やかな日常が戻ってきますように。


色々なことを感じたパレスチナ滞在は、こうして終わりました。

以来、私にとってパレスチナはとても思い入れのある特別な場所として、ずっと心の中にあります。

パレスチナの今

私がパレスチナを訪れてから、3年以上が経ちました(現在2020年)。

ポン

パレスチナは今どうなってるの?

ぴっぴ

残念ながら状況は良くなってないんだ。



現在イスラエルは、パレスチナ自治区内にあるユダヤ人入植地などをイスラエルに完全併合する動きをみせています。

イスラエルが併合を計画しているのは、ヨルダン川西岸地区にある入植地です。

ぴっぴ

私が訪れたのがまさにヨルダン川西岸地区です。


この「併合計画」について、いくつかの記事の文章を抜粋します。

イスラエルはパレスチナ自治区の一部併合に向けた法制化の手続きを7月1日にも始める。既に事実上の支配を確立しているが、将来のパレスチナ国家となるはずだった領域の法的な併合宣言は「2国家共存」による中東問題解決の道を閉ざしかねない。

引用元:「パレスチナ、遠のく2国家共存 イスラエルが一部併合計画」

法改正によって将来的に入植地を増設する予定地を広範囲にわたり確保することで、ヨルダン川西岸地区の一部に対して実効支配を強化していくということだろう。

引用元:「イスラエル新政権による静かなる併合の始まり」

強者による法の制定と執行が、弱者の権利を侵害し、剥奪を固定化する危険は大きい。併合の合法化が、今後のさらなる占領地の拡大の足掛かりとならないよう、注視を続ける必要がある。

引用元:「イスラエル新政権による静かなる併合の始まり」
ポン

そんな…
ということは、パレスチナはもう独立国家にはなれないの?



イスラエル・パレスチナ問題解決の糸口として、二国家解決という案がありました。

二国家解決

イスラエルとパレスチナの間の領土紛争解決法案の一つとして「イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が平和かつ安全に共存する」を目指すことを意味する。

(引用元:Wikipedia


日本もこの「二国家解決」を支持しています。

しかしもし今後イスラエルが併合を推し進めれば、「二国家解決」の実現は厳しくなるでしょう。

ぴっぴ

パレスチナ自治政府はもちろん、併合の動きに対して激しく抵抗しています。


かといってパレスチナが独立国家になりうる力があるかといえば、いまいち統一感と力強さに欠けるといった現状もあります。

上で紹介した「森翔吾さんの動画」をみると、パレスチナの教育レベルの低さも個人的に気になります。

イスラエルとパレスチナ双方にそれぞれの正義と主張があり、「イスラエル・パレスチナ問題」の背後には、世界各国の思惑が渦巻いています。

ポン

本当に複雑な問題で、解決の糸口がなかなか見えないね…。

どうにかイスラエル・パレスチナ双方が共存していく道はないのか。

武力や圧力をもってしても、何の解決にもならないと思うのです。

私たち1人ひとりが問題に目を向けて、世界中で知恵を出し合い議論していくことが大切だと感じています。

ぴっぴ

ニュースでイスラエル・パレスチナ問題のことを目にするたび、胸が締め付けられる気持ちになります。



こちらの動画は、パレスチナの子どもたちが「イスラエルに勝つために戦争したい」と話すショッキングな内容です(英語字幕)。



こちらの方はイスラエル側からの発信をされています。

英語のツイートですが、見ていてとても興味深いです。

ぴっぴ

第三者である日本人の私たちだからこそ、双方の声に耳を傾け冷静に考えることができると思います。

ポン

当事者でないからこそできることも色々とありそうだよね。

まとめ

パレスチナには日本人の私たちと同様、学校に通って、仕事をして、家族団らんをして、くだらないことで笑い合う「当たり前の日常」がありました。


一方で、その「日常を脅かす危険」と隣り合わせのショッキングな現実も目の当たりにしました。

「平穏な日常」をすでに奪われてしまった人にも出会いました。

パレスチナを旅した当時の日記に、私は次のように書き記していました。

私は無知すぎた。
だけどパレスチナに来て少しでも現状を知れて、問題に目を向けられるようになって本当に良かった。

日本に帰ったらもっと勉強して、小さいことでいいからパレスチナのために自分のできることをしていきたい。

ぴっぴ

しかし帰国後は特に行動を起こすこともなく、「私は何もできていない」と悶々としていました。



3年経った今、ブログを通じて世の中に向けて情報発信できることを、心から嬉しく思います。

自己満足かもしれません。

それでも、1人でもこの記事をきっかけにパレスチナに興味を持ってくださる方がいるとすれば、それほど嬉しいことはありません。

ポン

とにかく「知る」ってことが大切なんだね。

ぴっぴ

そう、すべては「知る」ことから始まるよね。
私もまだまだ知らない世界がたくさん。
これからももっと学び続けようと思うよ。


パレスチナの地に1日でも早く平穏な日常が戻ることを願ってやみません。

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